和歌山地方裁判所 昭和63年(行ウ)7号 判決 1998年12月25日
和歌山県有田郡湯浅町湯浅一四四七―三四
原告
山田修平
右訴訟代理人弁護士
由良登信
上野正紀
小野原聡史
和歌山県有田郡湯浅町湯浅二四三〇―七六
被告
湯浅税務署長 加用俊栄
右指定代理人
関述之
山本弘
三田村義信
小坂雄二
行平和正
足立孝和
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が、昭和六二年二月六日付で、原告に対してした次の各処分をいずれも取消す。
一 昭和五九年分の所得税について総所得金額を金三三七万三五九六円とした更正処分のうち総所得金額につき金二三万一一三二円を超える部分及び同部分に対応する過少申告加算税の賦課決定処分。
二 昭和六〇年分の所得税について総所得金額を金四一四万一九九八円とした更正処分のうち総所得金額につき金六二万〇〇九五円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分。
三 昭和六一年分の所得税について総所得金額を金三〇六万八六七一円とした更正処分のうち総所得金額につき金六五万二三四五円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分。
第二事案の概要
本件は、ガソリンスタンドを営む原告が、被告から、青色申告承認を取消され、昭和五九年分から昭和六一年分までの所得税確定申告が過少だとして更正処分等を受けたのに対し、右各処分の取消を求めた事案である。
一 前提事実(争いのない事実)
1 原告は、和歌山県有田郡湯浅町二三二一で、ガソリンスタンドを営む者であり、青色申告者であった。
2 原告は、昭和五九年度から昭和六一年度までの所得税について、別紙一「確定申告」欄記載のとおりの確定申告をしたが、被告が、事業所得金額を否認し、同別紙「更正処分等」欄記載のとおりの更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定処分(以下、右各更正処分を「本件各更正処分」と、右各賦課決定処分を「本件各賦課処分」といい、これらをまとめて課決定処分を「本件各賦課処分」といい、これらをまとめて「本件各処分」という。)を行った。
3 原告は、被告が行った本件各更正処分が違法であるとして、異議申立てを行い、同別紙の「異議決定」欄記載のとおり棄却の異議決定をうけ、更に本件各処分の取消しを求め、国税不服審判所長に審査請求したが、同別紙の「裁決」欄記載のとおり、本件各更正処分に対する審査請求については棄却の、本件各賦課決定処分に対する審査請求については却下の裁決を受けた。
二 当事者の主張の要旨
(被告の主張の要旨)
1 本件各賦課処分の取消しを求める訴は、審査前置主義との関係で不適法である。
2(一) 原告の本件各係争年分の事業所得金額は、別紙二の該当欄(<10>)に記載したとおりである。
(二) 事業所得金額は、原告が税務調査に協力しなかったことから、推計により把握せざるを得なかった。その算出方法は、反面調査で把握した原告の売上原価(仕入金額)(別紙三)を、同業者の平均売上原価率(別紙二<2>欄、別紙四ないし六)で割って、原告の売上を推計し、右売上に同業者の平均算出所得率(別紙二<4>欄、別紙四ないし六)を乗じて、特別経費控除前の算出所得金額(別紙二<5>欄)を算出した。
ところで、平均売上原価率とは、抽出した同業者の売上金額に占める売上原価の割合を平均化したものである。一方、平均算出所得率とは、抽出した同業者の売上金額に占める算出所得金額(売上金額から売上原価(仕入金額)及び一般経費(必要経費から、給料賃金・建物減価償却費・利子割引率・地代家賃・貸倒金・税理士報酬・固定資産等の除去損の特別経費を除いたもの)を平均化したものである。
(3) そして、算出所得金額から、特別経費である給料賃金(別紙二<6>欄、別紙七)、利子割引料(別紙二<7>欄、別紙八)、事業専従者控除(別紙二<9>欄)を差引いて、事業所得金額(別紙二<10>欄)を算出した。
(原告の主張の要旨)
1 被告の主張要旨1について
本件各賦課処分は、本件各更正処分で算出された税額に五パーセントを乗じることにより自動的に決まるものであり、本件各更正処分が取消されれば、本件各賦課処分も、課税根拠を失い、当然取消されることになる。したがって、原告が行った本件各更正処分に対する異議には、本件各賦課処分に対する異議を当然内包しているのであって、被告の主張は失当である。
2 被告の主張要旨2について
(一) 本件各処分は、推計課税の必要性も、合理性もなく行われ、しかも、本件各処分に際し行った税務調査(以下「本件税務調査」という。)も違法であるから、本件各処分は取消されるべきである。
(二) 原告の本件各係争年分の事業所得金額の実額は、別紙九に記載したとおり、昭和五九・六〇年分が、一五三万六〇一六円及び一六九万九九四三円の各赤字、昭和六一年分は、一八一万四一〇六円の黒字であり、いずれにしても本件各処分は、原告の事業所得金額の認定を誤った違法があり、取消されるべきである。
三 争点
1 本件各賦課処分の取消しを求める訴えの適法性(争点一)。
2 推計課税の必要性、本件税務調査の違法性(争点二)。
3 推計課税の合理性。
(一) 推計過程(推計方法)の合理性(争点三)。
(二) 推計された所得金額の合理性(原告によるいわゆる実額反証が成功しているか。)(争点四)。
4 特別経費の額(争点五)。
四 争点二(推計課税の必要性、本件税務調査の違法性)についての当事者の主張
(被告の主張)
被告が、本件各更正処分に至った経緯は、以下のとおりである。これによれば、本件では、推計の必要性が認められるし、被告部下職員の行った調査に違法な点は存しない。
1(一) 被告部下職員は、本件各係争年分の所得調査のため、昭和六二年四月二七日から同年五月二八日までの間、合計八回にわたり、原告の事業所(ガソリンスタンド)及び自宅に赴き、原告及びその妻に対し、帳簿書類の呈示等、調査への協力を依頼した。この外、電話連絡の方法こよっても調査への協力を依頼した。
(二) その際、原告は、被告部下職員に対し、「なぜ事前通知をしないのか。」、「一般的な調査理由では調査は受けられない。」などと発言するばかりでなく、調査現場に第三者を多数立合わせ、その一部に調査の経緯をテープレコーダーで録音させる等の行動に出た。そして、被告部下職員が、帳簿書類を呈示するよう求め、呈示しなければ青色申告承認の取消になる旨説明しても、「わしは白色や、取消しでも何でもやってくれ。」などと述べて、認定申告書記載の所得金額の正確性を確認し得る資料を一切呈示しなかった。また、被告部下職員が、調査に応じられる日時を連絡するよう繰り返し依頼したのに、これも無視した。
(三) そこで、被告は、やむを得ず青色白告の承認を取消し、反面調査により把握し得た収入金額を基礎に、推計に基づき本件各処分を行った。
2(一) 原告が、調査に対し、非協力的で、調査に協力する意思などなかったことは、原告が仕入れ先や取引銀行等に被告の行う反面調査に協力せぬよう要望したり、税務調査の際に、税理士資格を持たない第三者を多数立合わせていることからも明らかである。
(二) 原告は、前記のとおり、本件税務調査に協力する姿勢を持たず、正当な理由もなく帳簿書類を呈示しなかった。そのため、被告は、本件各係争年分の所得金額を実額で把握することができなかった。したがって、原告に対して、推計課税を行わざるを得ない必要性があったことは明らかである。
3 本件調査には以下に述べるとおり何等違法な点は存しない。
(一) 所得税法は、調査の必要がある場合、税務職員が質問検査権を行使することを認めている。右「調査の必要」とは、当該調査目的、調査すべき事項、申告の体裁・内容、帳簿等の記帳・保存状況、相手方の事業形態等、諸般の具本的事情に照らして客観的な必要性がある場合をいう。したがって、過少申告の疑いがある場合のみならず、申告の真実性・正確性を確認する必要のある場合を含むものである。
ところで、本件調査は、確定申告書の中には青色決算書、収支内訳書の添付されていないものもあったので、記載されている所得金額が正しいかどうかを確認するために行われた。したがって、本件調査に客観的必要性があったことは明らかである。
(二) 質問検査権の行使に関する法に定めのない実施の細目は、社会通念上相当な限度に止まる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられている。したがって、<1>調査日時を争前に通知するか否か。<2>調査理由を告知するかどうかといった点は、税務職員の合理的裁量に委ねられている。右<1>、<2>の点は、調査手法の問題だから、違法の度題を生じる余地はない。
(三) さらに、反面調査の時期・範囲・程度等についても、調査を行う税務職員の合理的裁量に委ねられている。したがって、納税者の事前承諾がある場合や、納税者自身への調査が不可能な場合だけに反面調査が許されると解すべき根拠はない。本件で、反面調査をしたのは、前述のとおり、原告から確定申告に関わる帳簿書類の提示を受けられないなど、調査協力が得られなかったことにある。このような場合にも、納税者の事前の承諾なしに反面調査ができないとか、納税者本人に対する事前の調査を更に尽くさないと反面調査ができないというのであれば、租税よる歳入の確保、租税負担の公平の要請の実現が不可能となることが明らかである。
4 仮に、本件調査手続に違法な点があるにしても、調査の違法は、課税処分の効力に何等影響を与えるものではない。なぜなら、所得税法が定める調査手続きは、課税庁が課税要件の内容をなす具本的事実の存否を調査するための手続にすぎず、右調査手続自体が課税要件となるわけではないからである。また、更正処分等の取消訴訟は、客観的な所得の存否を争う訴訟であるので、違法な調査手続によって収集された資料に基づき更正処分等がなされたとしても、それが客観的な所得金額に合致している以上、課税処分の効力を左右するものではない。もっとも、調査手続の違法の程度が刑罰法規に触れたり、公序良俗に反するような場合には、収集された資料を課税処分の資料として用いることができず、課税処分が違法として取消されることもあり得る。しかし、本件調査には、刑罰法規に触れたり、公序良俗に反する等の違法のないことが明らかである。
(原告の主張)
推計課税が許されるのは、納税者の税務調査への非協力、帳簿書類の不備等により、実額による課税のできない場合に限られる。ところが、本件では、後記のとおり、納税者に対する「税務調査」がなされていないので、実額による課税が不可能だとはいえない。したがって、「推計の必要性」が認められないから、推計課税の許される場合ではない。また、本件税務調査には種々違法な点が存在し、この点からも推計課税は許されない。その理由の詳細は、以下のとおりである。
1 被告が行った税務調査は、次のとおり、帳簿書類の呈示要求すらない形式的なものだから、推計の必要性の根拠とはならない。
(一) 被告部下職員は、昭和六一年四月二七日、事前連絡もなく、突然、原告の営業所を訪れたが、原告から「忙しい」旨言われ、訪問の目的を告げることなく帰った。
(二) 被告部下職員は、翌二八日、再度、原告の営業所を訪ねたが、原告から、調査目的を明らかにするよう要求されても、「所得の確認」と答えるのみで、調査年度を明らかにせず、かつ、帳簿の提出も要求せず、直ちに、「反面調査に入る。」、「青色は取消す。」旨述べて、反面調査に入った。
(三) 被告が、守秘義務を問題にしている以上、第三者のいるところで、帳簿の提示等を求めることなど考えられない。したがって、右二八日、被告部下職員と原告間で、立会人の排除のみが話題となり、帳簿の呈示要求まで至らなかったことが明らかである。
2 そもそも、税務調査は、「調査の必要性」がある場合のみに認められるものであり、国税通則法一六条が、「原則として、所得税は申告により確定する。」旨規定しているところから考えても、右必要性は、個別・具本的なものであることが必要である。ところが、本件では、右必要性があったとは到底考えられない。むしろ、本件調査は、有田民主商工会(以下「有田民商」という。)の会員ばかりを狙い撃ちにし、その弾圧を目的として計画的に集中して行われたものであることが明らかである。このような不正な目的で、本件税務調査が実施されたことは、調査担当者に対し、原告が有田民商に加入している事実や、その役職が告知されていること、また、極めて早期に反面調査が実施されていること等から明らかである。そして、このように不法な調査が、推計課税を根拠付けることにはならない。
3 また、原告は、以下のとおり、税務調査を拒否した事実はない。
(一) 税務調合は、罰則による間接強制を伴うとはいえ、任意調査であり、かつ、申告により税額が確定する制度(国税通則法一六条)の例外をなすものだから、右調査は、納税者の同意を前提とするものである。したがって、納税者が調査を受忍するか否かを判断するため、被告に理由の開示を求める場合、被告は、当然、これらに応じなければならない。ところが、調査担当者が、原告に対して、「所得の確認」、「所得税の調査」とのみ答えたことが明らかなので、原告がこれに応じないのは当然である。
(二) 原告は、調査担当者が行き過ぎた行為に及ばないよう監視するため、第三者の立会いを求めた。したがって、説理士法違反を云々する余地など無い。また、不利益を受ける原告が、承諾しているのに守秘義務が問題となる余地もない。
4 本件反面調査には違法があり、右調査結果をもとに推計することは許されない。
(一) 和歌山富士興産(株)への反面調査は、原告の預金元帳を呈示し、かつ、協力しなければ税務調査に入る旨言って協力させたものであり、原告に対する守秘義務違反と右富士興産への威迫から得た資料であり、このような調査結果を利用することなど許されない。
(二) 中央化成は、反面調査を契機に原告との直接取引を回避するようになった。このような具本的不利益をもたらす反面調査は違法である。
五 争点三(推計過程の合理性)についての当事者の主張
(被告の主張)
被告は、被告の主張の要旨で述べたとおり、特別経費控除前の事業所得金額を算出するに当たり、実際の売上原価(仕入金額)を平均売上原価率で割り、売上を推計し、これに平均算出所得率を掛けるるという推計の方法によったが、その推計過程に合理性があることは次のとおりである。
1 売上原価(仕入金額)
被告が、反面調査の結果、把握し得た本件各係争年分の原告の売上原価(仕入金額)の取引先別金額は別紙三に記載したとおりである。
2 平均売上原価率、平均算出所得率
(一) 推計の基礎となるべき同業者の選定
大阪国税局長は、一般通達を発して、原告の事業所を管轄する被告(湯浅)、及び、これこ隣接する御坊、海南、粉河の各説務署長に大して、青色申告により所得税の確定申告している者のうち、本件各係争年度を通じて、次の六項目全てを満たす者を抽出させた。
(1) ガソリンスタンドを営んでいること。
(2) (1)以外の業種を兼業していないこと。
(3) 年間を通じて事業を継続して営んでいること。
(4) 事業所が、湯浅・御坊・海南及び粉河の各税務署管内にあること。
(5) 売上原価(仕入金額)が、三〇〇〇万円以上、一億二五〇〇万円。未満であること。
原告の売上原価は、別紙三に記載されたとおりであるので、上限は昭知六〇年分の約一五〇パーセント、下限を昭和六一年分の約五〇パーセントとした。
(6) 対象年分の所得税について、不服申立てまたは訴訟が係属していないこと。
(二) 以上の基準で抽出された同業者は、別紙四ないし六に記載したとおりであり、本件各係争年分についていずれも一三名であった。その売上原価(仕入金額)・売上金額・算出所得金額は同別紙の各該当欄に記載したとおりであり、右各金額から売上原価率、算出所得率を同別紙の各該当欄記載のとおり計算上導き出した。
(三) 右(一)の選定基準は、原告の事業内容と類似性のある業者が選定できるように設定したものである。同基準で抽出された同業者は、原告と業種・営業地域・事業形態・事業規模に類似性が認められ、帳簿書類も整い申告の正確性が担保された青色申告者であるので、算出された数字は正確なものである。しかも、その抽出は、大阪国税局長の一般通達に基づき機械的に行われており、その過程に被告の恣意が入り込む余地などない。
したがって、このようにして算出された平均売上原価率・平均算出所得率に基づく推計は、合理性を有するものである。
(四) 原告は、被告の提出した同業者調査表には、立地条件・営業形態等が具本的に明らかにされておらず、近隣には原告と類似した業務形態の者もいないので、このような調査表に基づく推計には合理性がない旨主張する。
しかし、右主張には、以下のとおり理由がない。
(1) 同業者比率による推計は、対象納税者と同種・同規模の同業者を抽出して、その所得率等の平均値を算定し、これをもとに対象納税者の所得を推計するものである。
(2) このように所得率等を平均化することによって、同業者間に通常存在する個別・具体的な事情は捨象されて、客観性・普遍性を持つことになる。
(3) したがって、原告が、被告の推計の合理性を覆そうとする場合には、右平均値に吸収しきれない、劣悪な特殊条件の存在を立証しなければならない。しかし、原告の事業所は、和歌山県の幹線道路の一つである国道四二号線に面しており、原告が右のような劣悪な特殊条件下にあるとは認めがたく、原告において、右特殊条件を立証しているとはいえない。
(原告の主張)
1 推計課税は、所得を把握する直接資料がない場合、やむを得ず、間接資料から、所得を推計しようとするものである。したがって、推計の方法は、実際の所得に最も近以した数値を算出し得る合理的なものであることが必要である。
2 本件推計は、<1>業種・業態の近以性、<2>規模の近以性、<3>地域の近似性を基準に同業者を選別し、右同業者の売上原価率・算出所得率から原告の所得を推計しようとするものである。しかし、被告が作成した同業者調査表には、売上原価率・算出所得率ともに大きなばらつきが認められ、右調査が、いかに形式的で大雑把なものであったかを裏付けている。そもそも、同業者の選定基準には、<1>法人・個人の区別、石油取引における地泣・立場が考慮されておらず、業態の類似性が存しないこと、<2>「倍半基準」による数値のみを基準とし、従業員数・取扱量を一切考慮しておらず、規模の近以性が存しないこと、<3>湯浅、海南、粉河、御坊の各税務所管内の業者を選定しており、紀北、中紀をも含むことになり、地域の近似性も欠いていること等の問題がある。したがって、このような調査に基づく、推計に合理性一は存しない。
3 しかも、原告には、本件推計課税を不合理とすべき以下の特別事情が認められる。
(一) 原告が経営しているガソリンスタンドは、いわゆる第四者の立場に立ち、石油業の販売系列において、最下位に位置する。したがって、一般の販売店に比べて、中間マージンを取られる機会が少なくとも一回は多かったうえ、保証金を納付することなく取引していたので、通常よりもマージンが高く、二重の意味で、利益率が低い状況にあった。
(二) 原告が経営するガソリンスタンドの近辺には、大協石油の総代理店、丸善石油の代理店のガソリンスタンドが所在している。これらのスタンドは規模が大きく、官公庁関連の仕事を独占する等しているので、原告の取扱量な極めて低い水準になっている。
(三) 原告が経営するガゾリンスタンドは、湯浅町で二番目に新しいものであり、開業年度(経験年数)の相違は、顧客の定着率にも影響し、当然、収益率にも大きな差を生じることが明らかなので、開業年数に大きな違いのある業者間で、収益率の比較しようがない。
4 以上のように、原告には、被告が作成した同業者調査表に基づく「売上減価率」・「算出所得率」を適用することを不合理とする事情が種々存するから、被告主張の推計方法には全く合理性は存しない。
六 争点四(原告の実額反証)についての当事者の主張
(原告の主張)
原告の本件各係争年分の事業所得金額の実額は、別紙九に記載したとおり、昭和五九・六〇年分が、一五三万六〇一六円及び一六九万九九四三円の各赤字、昭和六一年分は、一八一万四一〇六円の黒字であり、収入及び経費は、同別紙の各項目に記載したとおりである。
(被告の主張)
1 所得税法は、所定の要件を具備する場合、所得を推計し、右推計された所得を基準に課税することを許容している。したがって、推計に基づく課税も、法が認める一つの課税方法である。
そうすると、実額が本来の優位性をもって推計の適法生を覆すためには、右実額の主張・立証が、完全であることが不可欠となる。
ところで、所得税法は、「事業所得金額」とは、総収入金額から「必要経費」を控除した金額だと定義する一方、「必要経費」については、総収入金額を得るために、直接要した費用、及び、販売費・一般管理費、その也、右収入を生ずるのに要した費用だと定義している。
したがって、原告が所得金額を実額で立証しようとする場合、<1>売上金額が売上のすべてを含んだ総収入金額であること、<2>経費が、右総収入金額を得るため、直接要した費用(直接費用)、あるいは、業務遂行上、通常必要な支出であること(間接費用)の二点についての立証が尽くされない限り、所得金額を実額で算定することは許されない。
2 したがって、原告が、実額反証により、被告のなした本件課税処分に関する所得金額の推計を覆そうとする場合、総収入金額を主張・立証した上で、それぞれの経費について、直接費用については、収入金額との個別対応の事実を、間接費用については、期間対応の事実をそれぞれ立証することが必要となる。
3 要するに、原告が実額反証を行おうとする場合、売上金額及び必要経費を断片的な取引資料や領収書等で主張するだけでは足りず、すべての取引事実を記載した帳簿書類及びその裏付けとなるべき原始記録をすべて提出して、その主張する実額が真実の所得金額に合致することを合理的疑いを入れない程度に立証しなけれどならないところ、本件において原告は右立証を尽くしていない。
第三当裁判所の判断
当裁判所は、特別経費控除前の事業所得金額の算出について、その推計の必要性・合理性が認められ、原告の実額立証もできていないので、推計による所得捕捉に違法な点はなく、その事業所得金額から特別経費等を差引いた事業所得金額(他に所得がないので即ち総所得金額)は、本件各更正処分の総所得金額を超えており、本件各処分は適法であると判断する。その理由は、以下のとおりである。
一 争点一(本件各賦課処分の取消しを求める訴の適法性)について
1 弁論の全趣旨によれば、原告が被告に対し、明示的に異議申立てをしているのは、本件各係争年分の所得税の更正処分の取消しだけであり、本件各賦課処分に対しては明示的に取消しを求めていないことが認められる。
2 ところで、国税通則法一一五条一項本文は、異議申立てできる処分については異議申立てに対する決定を、審査請求できる処分については、審査請求に対する裁決を経なければ取消訴訟を提起できない旨定めている。
3 しかし、加算税は、納付すべき本税の全部もしくは一部に対し、一定の割合を乗じて賦課徴収されるものだから、前提となるべき本税の処分が取消された場合、自動的に課税根拠を失い、納税義務が消滅する運命にある。
4 両者の間に、このような関係が認められる以上、原告が、基本となるべき本件各更正処分のみに異議申立てを行った意思の中には加算税の賦課処分(本件各賦課処分)に対する黙示の異議申立ても含まれていると考えられる。
5 したがって、本件各賦課処分に要する取消訴訟が不服申立て前置の要件を欠いて、許されない旨の被告の主張には理由がない。
二 争点二(推計課税の必要性)について
1 証人山崎正雄(以下「山崎」という。)の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、被告が、本件各処分を行うに至った経緯として、以下の事実が認められる。
(一) 山崎は、昭和六二年四月当時、大阪国税局直税部に所属していてが、同年六月までの湯浅税務署の併任辞令により、同税務署管内の有田民商会員六、七名の税務調査を担当していた。
(二) 山崎は、昭和六二年四月二七日昼過ぎ、原告のガソリンスタンドを訪ねた。そして、原告及びその妻に対し、「昭和五九年分から同六一年分の所得税の調査に赴いた。帳簿を出して欲しい。」旨依頼した。これに対し、原告が、「忙しいから今日は帰ってくれ。」旨答えたので、「翌日の午前一〇時ごろ、事務所におうかがいします。昭和五九年分の青色申告に必要な帳簿書類と、同六〇年、六一年分の帳簿を揃えておいて下さい。」と依頼してガソリンスタンドを去った。
(三) 山崎は、翌二八日午前一〇時ごろ、再度、原告のガソリンスタンドを訪ねた。ところが、右ガソリンスタンドには、原告の外、二〇人以上の男性が待ちうけており、山崎の周りを取り囲み、中には発言をテープレコーダーに収める者までいた。そこで、山崎は、原告に対し、「調査に関係のない第三者を退席させて、帳簿を提出して下さい。テープレコーダーの録音も上めて下さい。」と要望した。しかし、原告は、「全員、民商関係者である。どのような調査をするか勉強会をするためにいる。確定申告は、申告で確定するから一般的な調査理由では調査を受けられない。録音を止める必要もない。私は、青色申告の取止めを出しているので、白色申告者である。」旨述べて、山崎の要望に従わず、帳簿の呈示もしなかった。そこで、山崎は、「後日、再度、おうかがいしますから、青色申告に必要な帳簿書類を用意しておいて下さい。」旨述べて、原告のガソリンスタンドを去ることにした。
(四) 山崎は、同月三〇日午前九時ごろ、ガソリンスタンドを訪ねたが、原告が不在であっため、自宅に赴き、原告の妻から、「仕入先は、和歌山富士興産が主で、決済は手形取引が中心であること、従業員は、男性一名、女性一名である。」旨聞いた。そして、右妻に、「五月一日、もう一度おうかがいしますので御主人にお伝え下さい。必要な帳簿書類を用意しておいて下さい。調査に御協力下さるよう奥さんの方からも御主人に言って下さい。」旨依頼するとともに、その旨の連絡戔を手渡して税務署に戻った。
(五) 山崎は、同日、統括官に調査経過を報告したところ、反面調査に移行するよう指示を受けた。そこで、取引先あるいは金融機関に赴き、反面調査を実施しようとしたが、原告から事前に取引先に対して、本人の承諾なく調査に協力しないようにと申し入れがなされていたので、最後まで調査協力の得られない取引先もあった。
(六) 山崎は、その後も、同年五月六日、一三日、一四日の計三回、原告の自宅やガソリンスタンドを訪ね、うち、六日と一四日には、事前に連絡戔を入れておく等したが、いずれも原告とは面談できなかった。そこで、原告の妻に対し、「調査に協力するよう原告に言って欲しい。青色申告に必要な帳簿を揃えておいて欲しい。」旨依頼した。ところが、右妻は、「夫は、帳簿を見せる意思などないと言っている。」旨答えた。
(七) 山崎は、同年五月二六日、昼ごろ、反面調査の結果等を原告に報告するため、ガソリンスタンドに赴いた。そして、原告に対し、「調査に協力して欲しい。調査結果によれば、原告の申告金額は低いので、一度、税務署の方に来て欲しい。」旨依頼した。これに対し、原告は、「まじめにやっている納税者をいじめるな。勝手に反面調査をされて信用が丸潰れだ。」などと苦情を述べるばかりで調査に協力しようとはせず、翌日、税務署に来てほしいと書いた連絡戔の受け取りも拒否した。そこで、原告の妻に、止むなく、連絡戔を手渡すことにした。
(八) しかし、原告は、結局、税務署に現われなかった。また、山崎が、原告方に電話連絡して調査協力を依頼しても、応じようとしなかった。
そこで、被告は、推計課税を行い、更正通知書を出した。なお、原告は、昭和六二年分以降については青色申告の取止めを出していたものの、本件各係争年分に関しては、青色申告者であったので、被告は、決算書類の添付がなく、調査において、帳簿の呈示等をしなかったことを理由に青色申告の取消処分をした。
以上の事実が認められ、原告本人の供述中、右認定に反し「調査年度・項目の特定と、理由の提示があり、納得さえゆけば、帳簿を呈示するつもりであった。ところが、山崎から、帳簿の呈示要求がなかった。」旨の共述部分が存在するが、右供述部分は、原告本人の他の供述部分や証人山崎の証言に照らし採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2(一) ところで、税務調査の権限は、申告納税制度の下では、ともすれば過少申告等の不正行為が行われがちであるが、このような事態を放置すれば、租税負担の公平が損なわれ、国家財政を危うくすることにもなりかねないため、納税者が行った申告内容に虚偽がないかを検討して、真実の所得額を把握するために認められたものだと解される。なお、原告らさ、申告により税額が確定する(国税通則法一六条一項一号前段)から、税務調査を行うには、納税者の承諾が必要だと主張する。しかし、右国税通則法にいう税額の確定とは、更正のないことを前提とした一応の確定にしか過ぎない。むしろ、申告の正確性を確認するため、税務調査がなされることが当然の前提となっており、右税務調査に納税者の承諾が必要だということにはならない。
(二) しかし、税務調査は、納税者その他の私的権利を侵害しかねないものだから、右調査権限を行使できるのは、所得調査の「客観的必要性」が認められる場合に限られ、その具体的手段・方法等については、右必要性と納税者の私的利益とを比較衡量したうえ、相当な範囲で行われることが必要である。
(三) 原告は、前記のとおり、昭和五九年度には青色申告を行いながら、帳簿書類の提示を拒んでいる。また、昭和六〇年、昭和六一年度には白色申告をおこない、書類等の添付がない。したがって、被告において、申告の適否及び申告金額の正確性を確認するため調査を行うのが当然である。そうすると、本件では、税務調査の「客観的必要性」が認められる。
(四) 原告が指摘する事前通知と理由開示等の問題も、法律上、税務調査の要件とはなっていない。したがって、税務調査の必要性と右事前通知等を行わないことによって侵害される利益とを比較衡量して、その要否が決められるべきである。
ところで、本件調査理由が、申告の適否並びに申告金額の正確性の確認にあることは、特に理由開示を待つまでもなく明らかである。原告は、昭和五九年分の申告については、青色申告者として、帳簿等を提示すべき義務を負っているので、特に理由を告知する必要はない。その余の年度の申告は、白色申告であり、申告金額の正しさに客観的裏付けがないから、調査の目的が、所得の算出過程全般に及ぶことは説明を待つまでもなく明らかである。にもかかわらず、具体的理由の開示を要求することは、調査の範囲に制限を加えることにもつながり、不当である。
また、事前通知の点も、当初こそ、抜打ちで調査を行っているものの、その後は、口頭あるいは連絡戔で調査期日を告知する等しており、これによって、原告らの利益が侵害されたなどとは考え難い。
さらに、第三者の立会いについても、税務調査を円滑に進めるため、担当職員が具体的状況に応じて、臨機応変に対応すべきである。ところで、本件で、原告らが立会いを求めた第三者は、税理士あるいは経理担当者等の原告の所得を把握するうえで必要な知識を持つ者ではないので、立会いを許す必要があったとは考えられない。
最後に、反面調査の問題についても、前記のように、納税者が帳簿書類の提出を拒む等している場合、申告の正確性を確認するため、反面調査を行う必要性が認められ、これを制限していたのでは税務調査の目的は達せられない。
3 弁論の全趣旨によれば、その当時、原告ら有田民商関係者に対する税務調査が集中的に行われた事実が認められる。しかし、少なくとも原告については先に述べたとおり税務調査の客観的必要性が認められることと照らし併せれば、右の集中的な税務調査の事実から直ちに本件税務調査は有田民商関係者への政治的弾圧を意図してなされたと推認するのは難しいし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
4 右1ないし3において認定判断したとおり、被告部下職員が、本件税務調査の際に、再三にわたって調査に協力するよう説得したが、納税義務者である原告側の協力が得られず、所得実額の把握に必要な帳簿書類等の資料の入手ができなかったものであり、しかもその税務調査の客観的必要性が存するうえ、その手段・方法においても、違法な点や、原告の利益を過度に侵害する等不合理と目すべき点も存しないのであって、本件にあっては推計の必要性を肯認することができる。
三 争点三(推計過程の合理性)について
1 仕入金額(売上原価)について
乙九ないし一六号証(枝番を含む。)によると、原告が、少なくとも、別紙三記載の仕入先から、同別紙記載の各金額の仕入をしていることが認められる。
2 平均売上原価率、平均算出所得率について
乙一ないし八号証及び滝川通の証言によれば、「平均売上原価率」及び「平均算出所得率」は、次の方法で算出されたことが認められる。
(一) 大阪国税局長は、原告の仕入金額から、原告の売上及び算出所得金額を推計する上で必要となる同業者を抽出するため、昭和六三年一二月八日付通達により、原告の事業所を管轄する被告(湯浅)及びこれに隣接した御坊・海南・粉河の各税務署長に対して、青色申告により所得税の確定申告をする者のうち、本件各係争年度を通じて、次の六項目全てを満たす者を選び出して、右選出された者の「売上金額(雑収入金額を含めたもの。)」、「売上原価(決算書に記載された差引原価の金額。)」、「一般経費の額(決算書に記載された経費の合計額から特別経費(給料賃金、利子割引料、地代家賃、貸倒金、建物減価償却費、税理士報酬及び固定資産等の除去損)の合計額を控除した金額)、「算出所得金額(「売上金額」から、前「売上原価」及び「一般経費の額」の合計額を控除したもの)」を調査して報告するよう求めた。
<1> ガソリンスタンドを営んでいること。
<2> <1>以外の業種目を兼業していないこと。
<3> 年間を通じて事業を継続して営んでいること。
<4> 事業所が、湯浅・御坊・海南及び粉河の各税務署管内にあること。
<5> 売上原価(仕入金額)が、三〇〇〇万円以上、一億二五〇〇万円未満であること。
原告の売上原価は、別紙三に記載されたとおりであるから、上限は昭和六〇年分の約一五〇パーセント、下限を昭和六一年分の約五〇パーセントとした。
<6> 対象年分の所得税について、不服申立てまたは訴訟が係属していないこと。
(二) 被告(湯浅)及び御坊、海南、粉河の各税務署長は、右通達に基づき、右基準に該当する同業者(湯浅で二件、御坊で六件、海南で三件、粉河で二件)に関して、「売上金額」、「売上原価」、「一般経費の額」、「算出所得金額」の各項目を調査した。これを年度別に整理すると別紙四ないし六の該当欄に記載したとおりであり、これから導き出されるところの各業者の「売上原価率」、「算出所得率」も、同別紙の各該当欄に記載したとおりとなる。
「売上原価率」を平均した「平均売上原価率」は、昭和五九年度が、八二・四四パーセント、昭和六〇年度が、八二・七二パーセント、昭和六一年度が八〇・三八パーセントである。また「算出所得率」を平均した「平均算出所得率」は、昭和五九年度が一〇・八四パーセント、昭和六〇年度が一〇・八一パーセント、昭和六一年度が一一・六六パーセントである。
3 証人滝川通の証言によれば、前記<1>ないし<6>の同業者の選定基準は、次の理由から設定されたことが認められる。
(一) 前記<1>・<2>の基準を設けたのは、原告が、ガソリンスタンドを経営し、ガソリン、あるいは、重油、軽油、その他の関連商品、自動車タイヤ、自動車部品等を販売する業者であるので、他の業種を兼業する同業者であれば、適正な同業者率を求められないので、「ガソリンスタンドを営み、他の業種目を兼業していない。」という要件を課した。
(二) 前記<3>の基準は、年度の途中で開業あるいは廃業した業者が入れば同業者率として、適正な数値が得られないので設けられた。
(三) 前記<4>の基準は、営業地域の近似性を得るために設けられたものである。
(四) 前記<5>の基権は、原告の売上原価は、昭和六一年分が最も低く、昭和六〇年分が最も高いため、原告と事業規模の類似性を持たせるために、売上原価の上限を、昭和六〇年分の約一五〇パーセント、同下限を昭和六一年分の約五〇パーセントと設定した。
(五) そして、数値の正確性を保つために、青色申告者で、所得金額等に争いがないものとの基準を設けた。
4(一) 原告は、ガソリンスタンドの外、自動車保険の手数料収入があった旨供述しているが、甲四号証によると、右手数料収入は、昭和五九年分が七一万七二五四円、昭和六〇年分が七八万五三六四円、昭和六一年分が一二五万円に過ぎず、昭和六一年のその他の収入一二〇万円を含めても、売上全体に占める割合は極めて低く、前記選定基準<1>、<2>で選定された業者と原告との間には、業種・業態の類似性を認めることができる。
(二) 原告のガソリンスタンドは、被告税務署管内に所在しているが、前記基準で選定される同業者は、被告税務署管内及びこれに隣接した三税務署管内の同業者である。したがって、選定された同業者は、原告と立地・販売条件の類似性が認められる。
(三) そして、前記基準で選定された同業者の売上原価は、本件各係争年分について、いずれも、原告の売上原価の〇・五倍から一・五倍の範囲内のものだから、事業規模においても、ほぼ類似しているものと認められる。
(四) しかも、右同業者は、いずれも帳簿書類が整い申告の正確性が担保された青色申告者であるので、算出された数字は正確なものである。そして、その抽出も、国税局長が発した一般通達に基づき機械的に行われているので、その過程に被告の恣意が入り込む余地はない。
(五) そうすると、前記基準によって、選定された同業者は、原告との間に業種・業態の類似性、事業規模の類似性、立地・販売条件の類似性及び数値の正確性を満たし、また、選択された同業者の数も一三人と多いので、このような同業者の売上原価率・算出所得率を平均化した平均売上原価率・平均算出所得率に基づく推計は、合理性を有すると判断することができる。
5 原告は、「原告が経営しているガソリンスタンドは、メーカーとの間に二社が介在するいわゆる第四者であるので、他の類似業者と比べて中間マージンを多く取られる等の不利な条件下にあり、しかも、近隣に大規模な競争業者も存在するなど、劣悪な販売条件を余儀なくされていた。したがって、原告に調査表に基づき算出された平均売上原価率を適用することは、著しく不合理であるから、推計の合理性が認められない。」旨主張する。
しかし、そもそも、推計課税とは、納税者の協力が得られず、所得実額を把握できない場合に、かといって、課税を見送れば、租税負担公平の原則等に反して、国家財政を危うくすることにもなりかねないので、社会通念上合理的と考えられる方法で、実額に近い所得金額を算出して、これを基に課税することを法が許容したものである。したがって、推計により算出された所得が、必ずしも真実の所得とは合致しないことを前提に、可能な範囲で真実の所得に近似した所得を捕捉しようとするものであり、その性格上、通常範囲での個別的事情は捨象せざるを得ない。そして、このように解しても、収入が捕捉可能な範囲に限定されていることや、納税者は、自己固有の特殊事情を主張・立証し、あるいは、日頃から帳簿類を整備することによって、実額を立証することもできるので、酷だとはいえない。
原告は、前記のとおり、石油販売系列において劣位にあることや、競争業者の存在などを根拠に原告のガソリンスタンドが同業者に比べて、劣悪な販売条件にある旨主張している。確かに、メーカーとの間に、多くの者が介在すると、それだけ経費が増えるものと一応推認できるが、その不利益の程度は、必ずしも、明らかではない。また、主要道路において、ガソリンスタンドが、近接して存在し、競争関係にあることは珍しいことではない。推計課税が許された前記趣旨等に照らすと、合理性が排除される特殊事情は極めて個別的で特殊なものに限られるべきだと解されるから、右程度では、合理性な疑いは生じない。
また、原告は、売上原価率のばらつきを問題にしている。しかし、数値のばらつきは、この種の調査においては避け難いものであり、そのために平均化されるのである。したがって、原告の指摘する点をもって、推計の合理性を疑わせる事情であるとはいえない。
さらに、原告は、同業者の立地・営業形態を具体的に明らかにするよう要求し、これらが明らかにならない限り、推計方法が合理的なものか明らかではないと主張している。しかし、選定される者が限られた地域のいずれも同業者である点等を考慮すれば、これらを明らかにすることは右同業者の特定にもつながり、そのプライバシーを侵害することにもなりかねない。他方、推計については、前記のとおり必要性・合理性等が要求されているほか、原告は、実額を立証することによって、実額による課税を受けることも可能だから、右弊害を無視してこれらを明らかにすべきだとは考えられない。
その他、推計の合理性に関する前記判断を覆すに足りる事情を認めるに足りる証拠はない。
6 右のとおりであり、原告の本件各係争年分の特別経費控除前の事業所得金額につき、別紙二のとおり、その仕入金額(売上原価の額)(<3>欄)を平均売上原価率(<2>欄)で除して売上金額(<1>欄)を求め、その金額に平均算出所得率(<4>欄)を乗じて算出所得金額(<5>欄)を算出した推計過程に十分な合理性を認めることができる。
四 争点四(原告の実額反証)について
1 原告は、別紙九の事業所得金額欄(<8>)記載の各年度別の金額が、本件各係争年分の事業所得金額の実額であって、前記推計の結果は、真実の所得金額を上回っていて不合理である旨主張する。
推計による課税は、直接資料による所得実額の捕捉が不可能な場合に、間接事実から所得を捕捉することを法が許容したものである。推計による課税が、このように補充的かつ代替的なものである以上、一旦、推計による課税が行われても、納税者が所得の実額を主張・立証する場合には、右推計による課税を免れることができるものと解される。しかし、法が認める課税を覆して、自己に有利な所得実額に基づく課税を受けようとする以上、原告において、右所得実額についての主張・立証責任を負うのは当然であり、原告は、収入及び経費双方の実額並びに収入と経費の対応についての立証を遂げなければならない。したがって、このような場合にも、被告に所得の立証責任があり、反証で足りる旨の原告の主張は採用できない。
そこで、以下、原告が、収入・経費双方についての立証を遂げているかを検討する。
2 収入について
原告主張の収入を裏付けるものとしては、税理士岡八重子作成の報告書(甲四号証)しかなく、同報告書は、昭和五九年分については、根拠資料が無く、申告金額のみを根拠としていること、昭和六〇、六一年分については、コンピューター整理帳から計上されているものの、資料が不足しているため、不明分を推計し、結局は、申告金額を追認したものと認められる。しかし、右推計部分について、推計の根拠等は明らかにされていない。そうすると、原告が、自己の収入実額を立証できているとは到底いえない。
3 経費について
(一) 仕入について
前記報告書(甲四号証)によると、原告主張の「仕入額」は、<1>請求書・領収書を集計したものと、<2>相手方取引額証明から集計したもの双方から推計したうえ、売上については一部の締切日が一二月二〇日となり、前年度の売上の一部が当期に算入され、また、当期の売上の一部が翌年度に繰り越されているため、仕入にも修正を加えたものと認められる。しかし、右仕入の把握には、一部に推計が含まれており、直ちに実額であるとは認められないし、なによりも、前同様の修正を加えた仕入の反面調査の結果(乙九ないし一六号証(枝番を含む。))から把握される各年度の仕入金額よりも少額となっており、不合理である。
他に原告主張の仕入金額の実額を認めるに足りる証拠はない。
(二) その他の経費について
原告主張の経費に関する資料として経費帳(甲六、八九号証)が存在する。しかし、右経費帳は、昭和五九・六〇年分しか提出されておらず、しかも、その記載内容を見ても、後に付け加えた疑いのある部分(たとえば、「土地代・家賃おばあちゃんとこへ」の記載など。右記載は、記載場所・字体等から考えて後に付け加えられたとしか考えようがない。)があるなど鵜呑みにできないものである。そして、右経費帳以外に、経費についての実額を認めるに足りる証拠はない。
(3) そうすると、原告において、経費の存在及びその金額、さらには、収入と経費との対応関係のいずれについても立証ができているとはいえない。
4 右のとおり、収入・経費とも原告の実額反証は成功しておらず、右三で述べた算出所得金額(特別経費控除前の事業所得金額)の認定を覆すことができない。
五 争点五(特別経費)について
原告が主張している経費のうち、右三で認定した算出所得金額を算出する際には折り込まれておらず、特別経費として別途考慮が必要になるのは、給料賃金、利子割引料、地代家賃、建物減価償却の四点である。
ところで、課税標準である所得の立証は、被告課税庁において行うべきであり、純理論的な意味での立証責任の分配の観点からすると、収入のみならず経費に関しても、被告が、その立証責任を負っているものと解される。しかしながら、右特別経費については、個別、特殊な事情に基づくものであり、存在しない場合も稀でないし、仮に存在する場合には、原告が容易に主張・立証できるものであるから、具体的訴訟の場における立証の必要性の観点からみれば、原告において、基礎資料を堤出して、一応の主張・立証を尽くす必要性があり、その立証のない限り、右特別経費は存在しないものとして扱わざるを得ない。
以下、右観点から、給料賃金、利子割引料、地代家賃、建物減価償却費の特別経費について検討していくこととする。
1 給料賃金について
原告主張の給与賃金の支払いに添う証拠として給料明細書(控)(昭和五九年分が甲一〇号証、昭和六〇年分が甲一五三号証、昭和六一年分が甲三四二号証、いずれも枝番を含む。)及び経費帳の給料欄(昭和五九年分が甲六号証、昭和六〇年分が甲八九号証。)が存在する。(なお、原告の主張金額が、被告の認容額を超えているのは、昭和五九年分と昭和六一年分である。)
しかし、昭和五九年分に関し、原告は、確定申告の際、給料賃金が二六七万一六九〇円である旨の申告を行っており、また、同年度の経費帳の給料賃金の記載も「バイト」分を除けば、右金額と合致している。しかも、右経費帳のバイト部分の記載は、他の部分とは字体も異なり、記載されている位置などから考えても不自然なもので直ちに採用ができない。そうすると、昭和五九年分の給料賃金は、二六七万一六九〇円であったものと認められ、これを超える部分については一応の立証もなされていない。
次に、昭和六一年分については、経費帳の提出がなく、また、堤出されている給料明細書(控)についても、その内容に、精勤手当と皆勤手当の二重払いがあったり、本来、固定給であるべき交通費・基本給に変動が認められる等の不自然がある外、昭和六三年度分のものが混じっている(甲三四二号証の七ないし九、二五)等の事情が認められるため、その信用性に疑問が生じる。しかも、原告の主張する売上高から考えても、昭和六〇年に比べて、売上の少ない昭和六一年の方が、給料賃金が多いというのは不自然である。
右のとおりであり、給料賃金について被告の主張額(別紙二<6>欄)よりも多いことについての一応の立証すらできていないから、その額は被告主張額のとおりであるとするほかない。
2 利子割引料について
被告は利子割引料として、別紙八のとおり、昭和五九年分が二四六万〇六七三円、昭和六〇年分が二四九万四九二二円、昭和六一年分が二三五万七二六一円である旨主張し、右金額の主張は、原告の取引銀行の反面調査により算出されたものであることに照らし、少なくとも右金額の利子割引料が存在したものと認めることができる。
これに対し、原告は、右金額を超えて、昭和五九年分が三〇四万五三九二円、昭和六〇年分が三〇三万二九五七円、昭和六一年分が二七六万五九三四円である旨主張する。
しかしながら、原告が申告していた利子割引料の額は、昭和五九年分が二二一万二九四五円、昭和六〇年分が二〇三万二九五七円、昭和六一年分が二三九万六二九二円であり(甲四号証)、右申告額は、原告の主張額と大きく相違し、むしろ被告主張額に近い金額であること、原告は借入金の一部を生活費にあてていたことを認める供述をしていること、経費帳(甲六、八九号)に記載された利子割引額につき、そのすべてが事業との関連性を認めるには疑問があること等に弁論の全趣旨を総合すれば、特別経費としての利子割引料として、被告主張額と申告額のうち、金額の多い方、昭和五九年分について二四六万〇六七三、昭和六〇年分については二四九万四九二二円、昭和六一年分については二三九万六二九二円を認めるのが相当である。
3 地代家賃について
原告は、本件各係争年度に賃料としていずれも六〇万円を支払った旨主張し、経費帳(同五九年分が甲六号証、昭和六〇年分が甲八九号証)及び家賃通(昭和五九年分が甲七六号証、昭和六〇年分が甲一六一号証。昭和六一年分が甲二八八号証)を提出している。
しかし、家賃通はあるものの、対象物が明らかでなく、また、領収印も原告と同姓の「山田」になっているうえ、申告段階では地代家賃が計上されていなかった(甲四号証)点や、経費帳にも当初は記載されていなかったものと解される(字体も異なり、記載されている場所も不自然である。)点などから考えて、右支払いが極めて疑わしく、右支払いについて一応の立証がなされているとはいえない。
4 建物減価償却費について
法令は、減価償却の要件として、当該資産が事業に供されるものであること、計算方法として定額法等によることを定めている。したがって、減価償却が認められるためには、事業との関連性が認められることはもちろん、取得価額、取得時期等について、原告において一応の主張・立証を尽くすことが不可欠である。
ところで、原告は、ガソリンスタンドの建物等を昭和五二年七月、約六〇〇万円で購入した旨主張し、その裏付けとして、登記簿謄本(甲四四三号証の一)を堤出している。右建物は、その所在位置や構造等に照すと、事業との関連性が認められるから、建築年月日や取得価額について、一応の立証がなされれば、減価償却費として認められる余地がある。しかし、原告は、これらの点の立証を全くしていない(取得価格の約六〇〇万円も原告がそのように述べているだけで通常存在する売買契約書等の堤出がない。しかも、右六〇〇万円というのは付帯設備を含めた価格であるから、建物価格であるとは認めがたい。)。したがって、右建物の建築年度や取得価格等が全く不明であるため、これらが当該年度の減価償却の対象となるべきものか否か、その価額等が全く不明で、原告が、一応の立証をしているともいえないので、これらを経費として認めることはできない。
5 以上によると、特別経費の合計として、昭和五九年分五一三万二三六三円、昭和六〇年分五四〇万六〇七一円、昭和六一年分四五九万〇七二四円となる。
六 右三で認定した算出所得金額(別紙二<5>欄)から右五で認定した特別経費の合計額と弁論の全趣旨により認める事業専従者控除の額(昭和五九年分四五万円―別紙二<9>欄)を控除した額である昭和五九年分四三六万八八五二円、昭和六〇年分五四〇万八一九六円、昭和六一年分四二〇万二〇八五円が事業所得の金額となり、他に原告は所得がないので、右金額は同時に本件各係争年の総所得金額となる。
第四結論
以上のとおりであり、本件各処分は、右認定の原告の本件各係争年分の総所得金額の範囲内でなされた適法なものであるから、これらの取消しを求める原告の請求は理由がない。
(裁判長裁判官 東畑良雄 裁判官 和田真 裁判官 大垣貴靖)
別紙一
課税の経緯
<省略>
別紙二
原告の総所得金額
<省略>
別紙三
仕入金額の内訳
<省略>
別紙四
昭和59年分同業者の売上原価率及び算出所得率
<省略>
別紙五
昭和60年分同業者の売上原価率及び算出所得率
<省略>
別紙六
昭和61年分同業者の売上原価率及び算出所得率
<省略>
別紙七
給料賃金の算式
昭和59年分の給料賃金率
2,671,690円÷91,800,878円=0.0291
昭和60年分の給料賃金率
100,039,480円×0.0291=2,911,149円
昭和61年分の給料賃金
75,410,032円×0.0291=2,194,432円
別紙八
利子割引料の内訳
<省略>
別紙九(事業所得金額)
<省略>